=======================================================
-------------広島eマガジン VOL.1174 11.21--------------
=======================================================
1、広島市民・広島市に敬意を表したい
2、昨日のミス「のぞ(ど)ぼとけ」についての解説
*******************************************************

(昨日の山内さんからいただいたメールにポイントがありました)

 挨拶ちゃんとやろう、笑顔って絶対、人のお役にたつことしよう
や、ピンチはチャンス、人生何のために生きている、目標設定が
自己実現への道・・・

 出会いは思いっきり興味を持とう、敵なんていやしないよ、一歩
踏み出せば思った以上にうまくいく・・・

*******************************************************
1、広島市民・広島市に敬意を表したい

 明日の22日月曜日まで開催中の太田川・水辺のデザイン展〜
「基町環境護岸から基町POP'La通りへ」の景観デザイン・トーク
(中村先生をお迎えして)に昨日、参加してきました。この景観デ
ザインを担当された東京工業大学名誉教授中村良夫さんから、
興味深い話を聞かせていただきました。
http://www012.upp.so-net.ne.jp/meimei/

 どうして、広島のあの基町環境護岸整備が、あんなにも表情豊
かな景観づくりに視点を置いた人々が憩える河岸緑地として実
現できたかは、広島市と広島市民の歴史が背景にあったそうで
す。広島は都市美に対して先進都市であり、景観デザインという
ものが、広島市民及び広島市に根付いていました。

 昭和21年、広島市に都市計画審議会が作られ、子供から大人
まで幅広くアンケートを集め、みんなで都市計画を考え、そして河
岸緑地という計画だけは決定されていました。

 その事業が進んだのは昭和50年。都市計画には時間がかか
るもので、昭和21年の段階で河岸緑地というものを決定し、30年
後に事業を計画通り開始した、その歴史の積み重ねには、中村
先生は広島市民・広島市に敬意を表したいと言われていました。

 それと、河岸緑地が実現できた理由は、広島市はその基盤を
持っていたこと。太田川の治水のポイントは太田川放水路で、
昭和42年に36年の歳月と沿川住民の協力のもと完成。

 7,500立方メートル/秒の水量の内、4,000立方メートル/秒を
太田川放水路に、残り3,500立方メートル/秒を旧太田川などに
流すため、治水一辺倒の護岸から別のものを作るだけの基盤
的な財産がすでに用意されていたという話でした。

 私達はあの景観をデザインされた中村先生が凄いと思ってい
ましたが、それを実現出来る基盤を用意していた、私達広島市
民の先輩方と広島市の背景があったからこそ出来たという話は
感動でした。

 展示会は、月曜日の午後7時まで、旧日本銀行広島支店で開
催されています。
**********************************
●太田川・水辺のデザイン展〜
「基町環境護岸から基町POP'La通りへ」
**********************************
日  程:11月15日(月)〜22日(月)
開館時間:午前10時〜午後7時
場  所:旧日本銀行広島支店
内  容:<景観デザインの世界>
●中村良夫先生の参加した主なデザインプロジェクト
●基町のポプラの木「ポップラ」、ポップラヒストリー
●ポップラの水辺の市民活動紹介ほか
料  金:入場無料

***********************************

(主催者の方から、追伸メールをいただきました)

先人の知恵もですが、デザインされた中村先生は先見の明を持って
おられたことにも、付け加えておきます。河川空間に植樹可能な場
所を1983年(基町護岸完成)にすでに作っておられます。土曜日の
お昼にデザインウォークをした折、現地見学をし、はじめて知りました。

いまでも、この空間(基町環境護岸)の植樹は不可能ですが、いずれ、
公共空間が開かれていき、人々が木陰で休息できるようになって、
はじめて表に出ていく事実なのですね。

=======================================================
2、昨日のミス「のぞ(ど)ぼとけ」についての解説

 昨日の下記の部分、「のぞぼとけ」は「のどぼとけ」の誤りにつ
き訂正いたします。それについて、ためになるメールをいただき
ました。

・話す時は、相手の目を見てください。それが恥ずかしいようでし
 ら、眉間、のぞぼとけを見て下さい。

------------------------------

 本日のメルマガに「のぞぼとけ」とあったので、「のどぼとけ」と
思っていたのは私だけか? と心配になって語源由来辞典を調
べたところ下記(=====以下)の解説がありました。
 
 生前に良い行いをしていたかどうかの判断が火葬場で骨上げ
する際のど仏を見れば判るというくだりは初めて耳にしました。
その他、アダムとイブの話など、ひょんな事からいい勉強をさせ
て頂きましたのでメールさせて頂きました。

=======================================================

 喉仏とは、喉の中間にある甲状軟骨が、突き出て高くなってい
るところ。喉頭隆起。成年男子にはっきり見られる場合が多い。

喉仏の語源・由来
 喉仏は、「喉骨(のどぼね)」や「結喉(けっこう)」と呼ばれてい
た。「喉仏」と呼ばれるようになった由来は、その形状が、座禅
をしている仏様の姿に見えるためである。

 火葬場で骨上げする際、宗派などにより異なるが、はじめに
歯を拾い、足、腕、腰、背、肋骨、頭部の順序で骨壷に入れ、
最後に故人と最も縁の深い二人が、喉仏(舎利と呼ばれる)を
拾うのが一般的である。

 その時に、喉仏の形がはっきりして、仏様が座禅を組んでい
る姿に見えると、生前に良い行いをしていたと言われるが、生
前に良い行いをしていれば、カルシウム不足な人でも、綺麗に
残るのか定かではない。

 また、喉仏は英語で、「Adam's apple(アダムの林檎)」と呼ば
れる。これは、アダムとイブが禁断の木の実を食べ、アダムの
食べた木の実は、喉に詰まり喉仏となり、イブの食べた木の実
は、乳房になったという話からである。

 また、木の実ナナの芸名の由来は、自由奔放な性格なため、
「着の身着の儘(きのみきのまま)」から付けたそうである。

*******************************************************

☆広島eマガジン読者特典ページです。
http://www.funasaki.net/presentd/

★成功報酬型の求人広告ホームページです。
http://www.funasaki.net/kyujin/

☆購読者の方々のお名前を掲載しております。まだ、掲載
  されていなくて掲載OKの方は、お名前と肩書きを添えて
   返信メールをいただけたらと思います。
http://www.funasaki.net/ee/hito.html

★また、読者の方々のリンク集に掲載希望の方は、名称とホー
   ムページアドレスを添えて返信メールをいただけたら幸いです。
http://www.funasaki.net/ee/link.html

*******************************************************
このメディアには、魔法がかかっていると思います。
      ★      ☆       ★
中学2年生のときに、物書きになることを目標に掲げ、ついに初
めての単行本を出版。現場での仕事20年余りの経験をこのメデ
ィアの裏側に潜ませ、これを読むことで文章を読む力と、文章を
書く力の向上につながるという魔法がかかっていると思います。
      ☆      ★       ☆
広島発日刊有料メールマガジン・広島eマガジン編集長
船崎賀秀 GASHU FUNASAKI
携帯電話 090-2290-2345
TEL 082-212-4707  FAX082-212-4501
yoshihide@funasaki.net
http://www.funasaki.net/


広島eマガジン、2004年のバックナンバー・インデックスに戻る

広島eマガジン、トップページに戻る