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---------------広島eマガジン
VOL.409
10.14---------------
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*広島修道大学の川名和美先生
お友達というか、非常に尊敬している大学の先生であられる広島
修道大学助教授の川名和美さんが、本日の中国新聞に掲載されて
います。
何度も話をしていますが、実家が乾物屋さんで、大型店の波に押
され、婦人服縫製業に転じた、という話は知りませんでした。川名
先生の凄いところは、フットワークというか、フィールドの広さ。今ま
での大学の先生と一番違っているのは、とにかく民間会社の会合、
私達の企画するような会合とかイベント、セミナーにも積極的に顔
を出されること。
NPO法人・広島経済活性化推進倶楽部のイベントはもとより、
BSCL総研の少人数でのセミナーやプレゼンテーション・トレーニ
ング、そして私が広島ネットマガジンとして、たまにマニアックなセ
ミナーをするときにも「何事も勉強だから」と、会場にいる先生の
顔を見て、こちらがびっくりしています。
とにかく、民間で何が起きていて、これから何が起きようとしてい
るのかといった探究心には、頭が下がる思いです。そして、多くの
素晴らしいパイプというか、人脈を持たれており、先生のお知り合
いの方には、いつも、学ぶことが本当に多いのです。
1938年の話ですが、1人の大学の先生、スタンフォード大学の
フレデリック・ターマン教授が、教え子であったヒューレッド君と、
パッカード君に対して、「君たち、東部のニューヨークの確立した
会社に勤めるよりも、ここ(西海岸、サンフランシスコの近くの
サンノゼ)で、何かを始めなさい」とアドバイスし、そのあと、その
2人のために、一生懸命サポートし、その2人はその後、世界的
な超ビッグ企業のヒューレッド・パッカードになり、これがあの
「シリコン・バレー」の創始の物語となります。
川名先生は、広島修道大学の教員試験の面接の際に、ある意
味、東京を捨てる覚悟で広島に来られたのではないかと思います。
今年の4月、広島修道大学の学外シンポジウムが広島商工会議
所101号室で行われました。私もパネラーの席に座らせていただ
いたのですが、あのとき、この広島経済の閉塞感からの脱却の
ためには、川名先生の力が必要だということを認識しました。
川名先生には、あのシリコンバレーのターマン教授が果たした
役割の可能性を大いに感じており、ただ、その作業は決して、
川名先生だけの力ではなく、広島経済の活性化のためには、
多くの力の結集が必要です。でも、その中に、きっと、元氣いっ
ぱいの学生を大勢引き連れた、あの明るい笑顔の川名先生が、
これからもずっと広島でいるだろうなあと思っております。
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